神竜をおびき寄せる為の作戦として訪れたフィレネ王国の港町。
ヴェイル様の手引き通り、到着した時には既に町中の家屋が炎に包まれ、至るところに大量の異形兵が蔓延っていた。
神竜が来るのならきっとあいつもいるだろう。
今回は視界も広く、四狗それぞれの行動も見渡しやすい。
俺も覚悟を決めるしかなかったはず……だったのにな。





紡ぎの指輪 第3話 Side:G





フィレネの襲撃で神竜軍と一戦を交えた後、俺たちは港に着けていた船に乗り、イルシオン王国へと戻ってきた。
船上でセピアの洗脳が解けたヴェイル様は神竜に指輪をひとつ投げ渡してしまった。
再び術をかけられたヴェイル様は体に負担がかかりすぎたのか深い眠りについてしまい、
これ以上彼女の怒りを買わないうちにと城に着くなりモーヴが部屋へと連れて行った。
しばらくしてセピアもソンブル様への報告に行ってしまい、四狗でよく使用している部屋には俺と武器の手入れをしているマロンの二人だけ。
特に話すこともなく俺は壁に背をつけて目を閉じる。



………、やっぱり来てたな。



彼女は前線には出てこなかったため、一度も交戦することが無くて安心した。
しかし、人命救助に当たっていたのか、彼女は異形兵が蔓延る中を右往左往と駆け回る。
視界に映るたびに目で追っていた俺は正直戦いどころじゃなかった。
そして、神竜たちと交戦している最中にどこからか上がった悲鳴。
のものだとわかった瞬間、俺の体は素早く動いた。

あの時、俺が魔法を放っていなければあいつは間違いなく死んでいた。
……いや、その敵を仕向けているのも俺たちなんだが。



………ああ、……クソっ!!!



「グリってば、最近イライラしてるよねー」
「あァ?」
「なんていうか、追ってた獲物を逃がしたみたいな感じ!」

どうにもならない思いに頭を掻き乱していると、マロンが俺を見ながらにやにやと笑った。
そして、彼女は両手を合わせながらにっこりと俺に微笑んだ。

「そんなにイライラするなら、さっさと狩っちゃえばいいのに!」
「………」

さっさと狩れたらこんなに悩んでないんだよ。

……わかってる。

本当は出会った時に殺しておくべきだったんだ。





……まだこの感情の芽が出たばかりの頃に。





「………ちっ」

考えれば考えるほど自分の気持ちに苛立ってくる。
体現するように舌打ちをすると、居心地が悪くなったのか機嫌を損ねた顔をしながらマロンが部屋を出て行った。
静まりかえった部屋。
静寂音が響く中、俺は腰に携えた魔道書を取り出した。


ノヴァの魔道書。


俺がよく使用するものであり、そして……の喉元に突きつけた本だ。
覚悟を決めたあいつが触れた場所をじっと見つめていると頭の中に思い出が過ぎる。
それは俺とあいつが出会ったあの日のこと。
初めて触れた優しく柔らかな感触と彼女の安堵の笑顔。
魔道書の角を愛しく撫でる自分に気付くと、もう嫌気よりも失笑が出るようになっていた。



………俺も所詮は人の子、ってことかよ。



はぁ、と大きく溜息を吐いていると部屋の扉が開く音がし、俺はそちらに視線を向けた。

「考え事か?」
「……別に。大したことじゃねえよ」

部屋に入ってきたモーヴが俺の隣に立ち、そしてその眉間に皺を寄せる。
そして部屋の中を少し見渡してから再び口を開いた。





「苛立っている原因は、……神竜側の魔道士か?」





静かに放たれた言葉に俺は不覚にも動きが止まってしまった。
………絶対に悟られてはならないのに。
じわりと手に嫌な汗が浮かんでくる。

「はぁ?なんの話だー?」
「ここに来る途中でマロンからグリが苛立っていると聞いた」
「ああ、そうだな。俺は小賢しい神竜ども全てにイラついてるぜ?」

いつも通りの気味の悪い笑顔で答えるが、モーヴは始終真剣な顔でこちらを見ていた。

「前衛の二人と違って俺はお前の近くで戦っている。……先日の戦の話だけではない。……よく目で追っていただろう?」

この一言と一貫した瞳に見られた俺は、歪めた顔を片手で覆った。

「………あいつは俺の獲物だ。……何もするな」
「何かあったのか?」
「……まあな」

まだもしかしたらモーヴは俺の気持ちに気付いていないかもしれないと言葉を濁して返してみるが、すぐにそれも意味が無かったと思い知らされた。

「守ろうとすることに俺は何も言わんが、あの二人と……あの方たちには気付かれないようにな」

モーヴのどこか優しげな目に全て悟られているとわかった俺は、彼に対しては素直に言葉を返すことにした。



「………わかってるよ」



厳格な顔しか見たことがなかったモーヴの口元が優しく弧を描く。
そして、頑張れとでも言うかのようにぽんと俺の肩を叩くと、彼は俺を残して部屋を出て行った。
結局、またひとり部屋に取り残された俺は腰に携えているもうひとつの魔道書を手に取った。
そして、俺はそれを見て本日何度目かの溜息を吐く。

「………はぁ、ったく。バレないように別の魔道書も使うようにしたってのに」

が使っているものと同じ風の魔法の書。

「俺はあいつの仲間を殺す。……結局、あいつを傷付ける結果にしかならないとわかっていても………それでも、俺は………だけは守りたい」

我ながら恐ろしい感情を手にしてしまったものだ。
痛みよりも、恐怖よりも。
……ずっと甘美で、欲してしまう………あたたかなもの。



「……俺は、どうしたいんだろうな」



響くことなく小さく放たれた言葉に俺の胸は締め付けられる。
その痛みだけは俺にとって至高でもなんでもなく、ただ辛さだけを残していった。