フルルの港町。
この世界で私とリュールが初めて訪れた町である。
手入れされた花々といくつもの風車が建ち並び、
港町ならではの活気が溢れたとても美しい場所だと彼と二人して感動に浸ったのをよく覚えている。





紡ぎの指輪 第3話





立ち上る黒煙と炎。鉄と肉の焼ける臭い。
蔓延る異形兵をなぎ倒しながらリュール率いる前衛部隊は襲いかかってくる四狗とヴェイルとの交戦を。
癒やしの魔法を扱うことができる者を主に集めた後衛部隊は生存者の救出をするために町の中を奔走していた。



「いた!!!……ここは危険です!!……安全な場所まで私たちが誘導します!!!」



建物の影に身を潜めていた女性と子供を見つけると、私はすぐに駆け寄った。
彼女たちの目の奥に光は無く、この惨劇のもたらしたものの大きさに私は唇を噛んだ。
港に停泊したイルシオンの船群を睨むと、遠くのほうでヴェイルの高らかな声と魔法の衝撃音が聞こえてくる。
ソンブルの子の唯一の生き残りであるヴェイルは心優しく平和を望む少女であった。
けれど、それを望まぬソンブルの命でセピアの呪術を掛けられた彼女には、
破壊を望む邪竜本来の人格が生まれ、非道の限りを尽くしてきたのだという。
今も彼女は望まぬ対峙をさせられている。
ヴェイルと向き合い、戦っているリュールを想像した私は酷く心が痛んだ。
知り合った者と敵として対峙する痛みを少なからず私はわかっているから。

「………よし、これで大丈夫です!」

救出した女性たちの怪我を魔法で治し終わると、私は一緒に行動をしているフランとクランを呼んだ。

「私たちの割り当てられたエリアは一通り見終わったから、一旦本陣のジャンのところに彼らを送り届けようか!」
「「はい!」」

二人はこれまでに救出してきた人々に移動しますと声を掛け始める。
通ってきた道にいた異形兵は全て倒してきた。
これなら彼らが怯えて足がすくんでしまうことはないだろう。
道の確認を軽くしていると、だいぶ後ろのほうから必死な声が飛び込んできた。



!!手を貸してくれ!!!」



その場にいた全員が緊迫した声に視線を動かした。
大きく手を振って助けを求めていたのは対面のエリアでの救助を担当しているパンドロだった。

さん!この人たちは僕たちに任せてください!!!」
「何があっても必ず私たちが全員本陣まで送り届けるのでパンドロさんのところに行ってあげてください!!!」

二人の言葉にわかったと頷くと、すぐに私はパンドロのもとへと駆け出した。










「パンドロ!!!どうしたの………ってうわぁ!?」

彼の隣へとやってくると、目の前には異形兵の群れが広がった。
異様な数の兵たちに思わず私は生唾を飲み込んだ。
少し離れたところでパンドロとともに行動しているフォガートとボネが異形兵と武器を交えているのが見える。

「来てくれてありがとう。………あれ、見えるか?」

彼が指差す先に魔方陣のようなものが気味悪く光っているのが見える。
しばらく見ているとそこから異形兵が一体姿を現した。

「今見たとおりだ。……あの魔方陣をどうにかしないと異形兵は沸き続ける」
「……なるほど。……よし、一網打尽なら得意だから任せて!」
ならそう言ってくれると思ってたぜ。……オレがあの魔方陣をどうにかするから、フォガートたちと突破口を作って欲しいんだ」

そう言うと彼はフォガートたちに声を飛ばす。
なるべく一点に異形兵を集めて私とパンドロでそれらを葬り去る、と。
わかったと手を挙げた二人は散らばり、まるで羊を追い込むかのように巧みに馬を走らせる。
私たちもできるだけ強力なものをお見舞いするために魔法の詠唱を開始した。



「今だ!!!」



異形兵がうまく私とパンドロの目の前に集められ、フォガートたちが横を走り抜けていく。
パンドロの合図で私たちは思い切り風の魔法を打ち込み、広範囲を切り裂いた。
二人分の風の魔法は恐ろしくも異形兵を一体と残さず霧散させた。
砂埃が大きく舞って視界を遮る。
うまくいったかと目を凝らして前方を見ていると、大きくひとつの影が煙の中から私に向かって飛び出してきた。

「きゃああっ!!!」
!!!」

後ろからフォガートが放った数本の矢が現れた異形兵に突き刺さる。
しかし、兵の勢いは弱まることなく、詠唱する間もないと判断したパンドロは庇うように私に覆い被さった。
異形兵が持っている斧が振り下ろされるのがパンドロの肩越しにゆっくりと私の瞳に映る。





「………!?……二人とも深く伏せてっ!!!」





慌てたフォガートの声が聞こえると、パンドロが自身の体と一緒に私の体をなるべく低く地面へと押しつける。
次の瞬間、ものすごい風が私たちの上を切り裂くように通過していった。
何が起こったのかその場の誰もわからず、襲いかかってきた異形兵が灰と化して消えていくまで私たちは呆然とその光景を見つめていた。



「……危なかったねー!二人とも大丈夫かい?」
「怪我は……無さそうで、安心した」



こちらに戻ってきたフォガートとボネの声でようやく私たちは我に返り、伏したままだった体を起こした。
庇ってくれたパンドロに私は礼を言うと、無事でよかったと彼はにこりと笑う。
そして、彼は思い出したかのように慌てて魔方陣へと駆けていった。

「……じゃ、俺とはパンドロの後方支援に切り替えだ!」
「私はこの辺りに生存者がいないか見回ってこよう」

私もきょろきょろと辺りを警戒しながらパンドロの成果を待っていると、前線のほうから大きな光と煙が上がるのが見えた。
……間違いない。紋章士セリカの魔法だ。
影の原野でグリが慈愛の王女の指輪を着けていたのを思い出して、私は小さく溜息を吐く。
敵同士だと知って、あの時確かにお互いに殺めるつもりで武器を構えていたはずなのに。
本当は刺し違えてでもきっとグリを止めるべきだった。


………わかってる。


彼と出会った時に生まれてしまった情が少なからず足枷になってしまっているのだと。
……彼も、どうして私を逃がしたんだろう?
複雑そうな彼の顔は今でも鮮明に思い出すことができる。





「………借り?」





出会った時に言われた彼の言葉がもしかしてあの時返されたのだろうか。
どちらにせよきっと私たちはまた対峙することになる。


………本当に、どうして……。

どうして、あの人に引き合わせたの?


静かに私を見上げる紡ぎの指輪にもう一度だけ溜息を吐くと、私は視線をまたパンドロに戻した。










異形兵の湧き出る魔方陣の解除も無事成功し、パンドロたちと本陣へ撤収していると、前線に出ていた仲間たちと合流した。
どうやら、四狗とヴェイルたちは港へと撤退したらしい。
港のほうに顔を向けると、イルシオンの船群がフィレネの地から遠ざかっていくのが見えた。
……今日は最初に見た時だけで、一度も彼と対峙しなかったな。
ほっとしてしまった自分に気付いた私は、心の中でまた溜息と自身を叱咤した。
その後、本陣に戻ってきたリュールから船上で正気に戻ったヴェイルが聖騎士の指輪を決死の思いで投げて返してくれたと聞いた。
村の消火活動を終えたらヴェイルと紋章士を助けに行くと方針も決まり、私はまた近いうちにくるであろう彼との複雑な縁に心を重くした。