俺は邪竜の手駒のひとつ。
痛みと狂気の中に身を置くのを快楽としている壊れたなにか。
ソンブル様の完全復活のために攫ってきたブロディア王は贄として捧げた。
そして、イルシオン国王も邪な思いとともに贄となった。
徐々にこの世界は壊れていく。
俺はこの世界がどうなろうと興味は無い。
………俺はとっくの昔に壊れているのだから。
紡ぎの指輪 第2話 Side:G
真っ暗な林の中のそこら中で神竜軍の悲鳴が聞こえてくる。
ソンブル様の完全復活に上機嫌のセピアとヴェイル様は、この光景にそぐわないほど明るい笑顔を見せている。
神竜軍のもとへと放った異形兵が殺められるとヴェイル様はすぐに新たな異形兵を造り出し、にこやかに敵陣へと送り出す。
紋章士の指輪を持たせた異形兵たちが神竜たちを襲うのを見てその顔はさらににんまりと不気味に歪んだ。
「ふふ、異形兵だけでは物足りませんね。……四狗よ、行きなさい」
彼女がにこりと微笑むと、セピアもモーヴも、そしてマロンも我先にと武器を構えて走って行く。
暗闇の中に消えていった彼らを見送ると俺は渡された紋章士の指輪に視線を落とす。
………あいつ、神竜の仲間だったんだな。
思い出すのは青いローブを纏った魔道士。
大教会であいつを見た時、俺は何を考えた?
目が合い、思わず視線を反らしてしまったさきほどの記憶が蘇る。
……悲しそうな顔してたな。
「グリ、あなたも早く行きなさい」
冷たく放たれたヴェイルの声に、はっとした俺は慌てて指輪の力を発動させる。
考えていても仕方がない。
あいつと俺が敵同士ならやることはひとつしかねぇ……な。
転移した先で俺は迷うことなく有り余った力を打ち放った。
「四狗だ!!!……うああああああ!!!!!」
俺を見つけるなり大声を上げる兵士ども。
あーあ、そんなに絶望した顔してよお。
……楽しくなっちまうじゃねえか。
じりじりと距離を縮めていくと兵士も覚悟を決めたのか武器を構え直して俺を睨む。
はー、先頭までまだ距離があるからな……。
じわじわ痛めつけてその歪んだ顔を見ていきたいんだがな。
……時間も無ぇ、……一瞬で決めてやるか。
俺は指輪の力から引き出した炎の魔法を力一杯目の前に放った。
が、それは兵士に当たることなく空中で弾けて爆発を引き起こした。
「……くっ!!!なんだ!?」
舞い上がった砂埃が落ち着いてくるとそこには兵士の姿は無く、代わりに見知ったやつが立ってこちらをじっと見つめていた。
「………お人好しなことだな。……で、わざわざ俺に殺されにきたのか?」
「……まさかこんな形でまた会えるとは思わなかったです」
大教会で見たのと同じように彼女、の瞳は悲しそうに俺を映していた。
だが、関係無い。
俺に向かってくる者は殺すだけだ。
……いつも通り、な。
魔道書を構え直すと、彼女も隙を与えまいと攻撃の構えを見せる。
紋章士の力で放った魔法を相殺してきたくらいだ。
……はは、……これは隙を見せたら死ぬな。
なんともいえない緊張感と、もしかしたら得られるかもしれない最高の痛みに俺の口角は上がっていく。
「………っ!!!」
一瞬だった。
の目に何か入ったのか、反射運動で彼女が片目を閉じて隙が生まれた。
その好機を俺が逃すわけもなく。
一気にワープで距離を詰めた俺はいとも簡単に彼女の懐に入り込んだ。
「はい、俺の勝ち…だ」
の喉元に自身の魔道書の角を突きつけると、彼女はどうにかして逃げようと後ずさりを数歩試みた。
が、トスッとすぐに背中は大木に取られ、俺はもう逃げられないようにと彼女の顔の右側へ自分の左手を叩きつけるように置いた。
「……もう行き場は無いぜ?………諦めろよ」
悔しそうに顔を歪めるに俺は追い打ちを掛けるように言葉を放つ。
「安心しな。この間の礼に……一瞬であの世に送ってやるからよ」
こいつを殺してしまえば俺の調子も元に戻るだろう。
喉元の魔道書が俺の魔力で今にも発動せんと光り出す。
それを見た彼女は一度だけ息を吐くと諦めたように目を閉じた。
その姿に、俺の中の衝動が何かに噛みつかれるのを感じる。
集中が途切れてしまった瞬間、彼女を中心に白い光が広がった。
「……っ!?」
あまりの眩しさに俺の体は素直に視界を閉ざしてしまう。
数秒の後に光は収まり、逃げられたかと不服そうに目を開けると俺はさらに驚愕した。
「………リザーブか」
「はい。私にできる最期のことですから……ね」
「どうして今の光の中、逃げなかった?」
「逃げてもすぐにあなたに追いつかれて殺されると思ったからです。それなら全力を尽くして広範囲を回復させますよ」
逃げることを選択せずに命を投げ打つことを選択した彼女はとんと喉元に突きつけた俺の魔道書に自らの顎を乗せた。
………は?
さあどうぞと言わんばかりに目を閉じた彼女。
彼女の行動に俺も困惑するが、どうにか思考を巡らす。
「………」
今なら難なく殺せる。
それにこいつは大教会で神竜の近くに立っていた。
……もしかしたら神竜を絶望させる一手になるかもな。
いや、それよりもこいつを人質にして指輪を………。
……でも、もし殺されることがここに連れてこられた私の運命の先だとするのなら………いいですよ。
あの日の会話が思い出されて俺は考えを撤回した。
そして代わりに小さく言葉を放った。
「………また運命の先ってやつか?」
俺の言葉には閉じていた目を開けると、こくりと静かに頷いた。
そしてゆっくりと自分の右手を上げてその甲を俺に向ける。
彼女の右手の中指には紋章士の指輪とは違い、もっと別の何かが宿っている気配のする指輪が嵌まっていた。
「この紡ぎの指輪が導く先には私の未来を紡ぐのに必要なものがあるのだそうです。
この前も……これに導かれた先であなたの治癒に間に合うことができたんです」
「………俺は頼んでないけどな」
「私はよかったと思っていますよ」
紡ぎの指輪……。
聞いたことがある。確かおとぎ話だっただろうか。
世界の運命を変えるために、精霊の導くまま数々の異界を渡り歩き、その運命に光をもたらしたとされる異世界の救世主の話。
それが、まさか……こいつなのか?
仲間のためなら恐怖で顔を歪めもしなければ、敵に武器を突きつけられていてもこの冷静さ………というか笑ってるな。
何度も世界を渡っていれば覚悟も肝も据わっていることも納得がいくような気もしてくる。
にこりと微笑んでいる彼女に俺は呆れたように大きく溜息を吐いて、突きつけていた魔道書を下ろした。
「……はぁぁ………ったく」
すぐに殺せばいいものを。
………こんなに時間を割いちまった。
俺が追っていた分の神竜軍の兵士はこいつを残してもう逃げ延びた頃だろう。
最初に彼女との距離を詰めたあの時にどうして殺さなかったのか。
いや、こんな俺でもそれが何かなんて彼女を殺すことを躊躇していることで確信してしまった。
あの日に与えられたこいつのあたたかさが、自分の狂気の衝動に噛みついて押さえ込んでくるなんてな。
………はぁ。
………こいつを殺すにしても、俺に対しても。
……………全てが興醒めだ。
がしがしと頭を掻くと、俺は自分の背中からワープの杖を引き抜いた。
「あんたがここに居るとイラついて仕方がねぇ。……ここで死ねなかったことを後悔するんだな」
「え?」
「とっとと行きな」
そりゃ驚くよな。
俺たちに仇なすとわかっている存在だとなれば殺すべきだ。
しかも今はその好機。
……俺自身もこんなことをするとは考えたことも無くて驚いてるぜ。
彼女の姿が目の前から消えるのを見送ると、俺は本陣に戻るために紋章士の指輪を掲げる。
冷たい雨は俺のこのどこにもぶつけようがない怒りや悲しみも一緒に溶かしていってくれないだろうか。
声にならない叫びを上げて、俺はその場を後にした。