紡ぎの指輪によってリュールたちのもとに無事戻ってくることができた私は、彼らから熱い抱擁で迎え入れられた。
いきさつを話した日からめまぐるしく日は流れていき、
今はブロディア王城へ辿り着いた矢先に攫われてしまったモリオン王を助けるべく、
イルシオン王国のデスタン大教会に乗り込んでいる。
…のだが、既に邪竜への供物として亡き者にされたモリオン王の体は異形兵へと成り果てており、悲しみの再会と別れを味わうことになった。
そしてもうひとつ、苦く辛い再会を私は味わうことになった。
邪竜の手駒。
四狗と呼ばれた一派の中に私だけが見知った人物が居た。
間違いであれと願えども、それは確実にあの時助けた男であり、私の胸は締め付けられそうに痛んだ。
向こうもそれは同じだったようで、私と目が合うと苦虫を潰したような顔をした後に他へと視線を反らした。
紡ぎの指輪 第2話
影の原野。
ソンブルにマルスをはじめとした手持ちの紋章士の指輪を全て奪われた私たちは、いくつかに分かれてソルム王国の国境を目指して南へと走り続けた。
大量の異形兵と四狗。
そして、さきほどまでともに戦っていた…邪竜の力が流れ込んでしまった紋章士たち。
楽しむように彼らを指揮し、一人残らず滅しようと笑う、リュールが友達だと言っていたはずのヴェイル。
不安、絶望、悲しみ。
降り注ぐ雨は冷たく、追い打ちをかけるように私たちの動きを鈍らせていく。
追いつかれては戦い、庇い、土砂の中にまたひとり、またひとりと倒れていく。
「四狗だ!!!……うああああああ!!!!!」
どうやら私たちのほうにも四狗のひとりが向かってきたらしい。
まだ遠くのほうで衝撃音と悲鳴が上がるのが聞こえ、私は唇を噛み締めた。
「ははは!!!追いついたぜぇー!?」
転移魔法を使ったのか、聞き覚えのある男の声が急に近い場所で聞こえてきて、思わず私は後ろを振り返った。
少し後ろの木々の中に深緑色の髪の男……グリに追い詰められた仲間を見つけ、迷うことなく私は踵を返した。
まるで狩りでもするかのように楽しそうに笑いながらグリは魔法を打ち放つ。
「……させないっ!」
彼の放った魔法に合わせて私も風の魔法を思い切り放ち、相殺させる。
辺りには魔法が交わったことによる爆風と衝撃がびりびりと走り、グリに隙を与えた。
「ここは私が!大丈夫だから行ってください!!!」
彼に捕まっていた兵はすみませんと背を向けてまた南へ向かって走り出す。
少しだけそれを見届けると私はグリに向き直る。
「………お人好しなことだな。……で、わざわざ俺に殺されにきたのか?」
「……まさかこんな形でまた会えるとは思わなかったです」
この前とは違い、今の彼からは本当に殺す気であるという意思がひしひしと伝わってくる。
魔道書を構えて彼の動向を伺う。
互いに武器を構えながら睨み合いを続けていると、頭上の木からぽたりと落ちてきた雨粒が私の目に入ってきた。
しまったと思った瞬間には彼の姿は消えていた。
そして。
「はい、俺の勝ち…だ」
私の目の前に姿を現したグリは、そのまま私の喉元に自身の魔道書の角を突きつけてにやりと笑った。
「………っ!」
後ずさりしようとしたが、ここは原野。
そこら中に生い茂った木に背中を打つのに時間は掛からなかった。
「……もう行き場は無いぜ?………諦めろよ」
いまだにグリの持つ魔道書の角は私の喉元に当てられて、木に背を付けた瞬間には彼の左手は私の顔の右側に置かれて。
私は完全に逃げ道を無くされてしまっていた。
「安心しな。この間の礼に……一瞬であの世に送ってやるからよ」
……ああ、本当にダメそう。
狂気に満ちた彼の顔に心臓ははち切れんばかりに高鳴っていくのを感じる。
ひと呼吸吐いて、覚悟を決めた私は背に差してある杖に集中する。
……ごめん、リュール。最期にあなたたちを守るから許してね……。
私を中心として広範囲に白く眩い光が広がっていく。
急な光にグリも目を閉じるのが見える。
やがて光は止み、私も彼もそのままの体勢で互いの視線を絡め直す。
「………リザーブか」
「はい。私にできる最期のことですから……ね」
「どうして今の光の中、逃げなかった?」
「逃げてもすぐにあなたに追いつかれて殺されると思ったからです。それなら全力を尽くして広範囲を回復させますよ」
さあどうぞと吹っ切れたように私は突きつけられたままの彼の魔道書の角に自分の顎を乗せた。
「………また運命の先ってやつか?」
小さく呟かれた言葉に私は頷いた。
「この紡ぎの指輪が導く先には私の未来を紡ぐのに必要なものがあるのだそうです。
この前も……これに導かれた先であなたの治癒に間に合うことができたんです」
「………俺は頼んでないけどな」
「私はよかったと思っていますよ」
結果的にこうなってますが、と笑うとグリは呆れたように大きく溜息を吐いた。
「……はぁぁ………ったく」
彼は数度頭を掻いてみせると、自分の背から杖を引き抜いた。
「あんたがここに居るとイラついて仕方がねぇ。……ここで死ねなかったことを後悔するんだな」
「え?」
「とっとと行きな」
ワープの杖を振りかざしたグリの複雑そうな顔を最後に私の視界は光に遮られる。
一瞬の浮遊感が終わりを告げた先で、私はただ呆然と立ち尽くす。
少しの間の後、ぞくぞくと何かが体の中を這い始めてきて、ぽたりと零れ落ちた雫が頬を伝った。
「………!」
リュールの声が聞こえる。
小さく聞こえたその声に、遠くのほうから呼んでいるのかと思ってゆっくり顔を上げれば、すぐ目の前に心配そうなリュールの顔があった。
「四狗のグリと交戦したと聞きました。……大丈夫ですか?」
グリという言葉を聞いて私の目からまた雫が零れ落ちる。
死を覚悟したこと。
最後の複雑そうなグリの顔。
数分の出来事にしては濃すぎた。
「……交戦しましたが、結果的に……彼がワープの杖でここまで逃がしてくれました……」
なんとかそう言うと、リュールや周りで聞いていた者たちから驚きの声が漏れる。
「……前に、私が紡ぎの指輪に飛ばされた先で男の人を助けた話を覚えていますか?」
「まさか……」
「………彼が、あの人でした…っ」
「……!!」
あの時、どうして私は導かれてしまったのか。
グリには間に合ってよかったと言ったけど、この軍から見たら……私は。
自分自身に生まれる辛い問答に押し潰されそうになっていると、リュールの手が私の肩に優しく乗った。
「……敵として対峙するのは辛かったでしょう。グリも……そうだったのかもしれませんね」
あなたが無事でよかったですと優しい眼差しをくれたリュールに、私の心は少し救われたような気がした。