城に来てから数月。
この世界に来てからずっとお世話になっている十二小隊のお仕事にご一緒させてもらったり、
彼らの仕事が無い間はヒューゴやトーマスをはじめとする城内のお手伝いなどをして過ごしていた。
そんな目まぐるしくも充実した日々の中で得た非番の日のできごと。
辛味を越えた先は
コン。
真っ暗闇の中に乾いた音が転がり込んだ気がした。
コンコン。
乾いた音は鳴り響く。今度ははっきりと聞こえた気がする。
薄らぐ意識の中、細い光が差し込んだ。
「おーい、?もしかしてまだ寝てるのか?」
聞き覚えのある声に私の脳内は現実へと飛び起きた。
はっと目を開ければ待っていましたというように陽の光が私の目を再び閉ざした。
あまりの眩しさに声を漏らすと、ノックの主にも聞こえてしまったのか慌てた声が聞こえてくる。
「おいっ、大丈夫か!?開けるぞ!?」
「だ、大丈夫です!!!寝起きなので開けないでくださいー!!!」
すんでのところだったのだろう。
どうにかそう言えば扉を開けられることもなく、ノックの主であるデュークさんの安心したような声が聞こえてきた。
「ははは、お前が寝坊とは珍しいな!」
「…うう、お約束してたのにすみません。すぐに支度しますからほんの少しだけ待っててもらえますか?」
「おう!まだ始まったばっかだから大丈夫だ。それより焦って転ぶんじゃねぇぞ?」
カラカラと楽しそうに笑う彼の声を背に私は急いでベッドから起き上がると身支度を始める。
今日は城の一角にあるメイミちゃんのレストランでイベントが開催される日だ。
その名も嗜好のカレーフェスタ。
甘口、中辛、辛口の上級を目指して思案されたカレーをメインとし、野菜をふんだんに使ったカレーや極上の肉を使ったカレーなど、
数種類のカレーがイベントメニューとして並び、注文ができるのだという。
数日前、壁新聞の宣伝枠として掲載されたそれを見た私は興味を持ち、ちょうどそこに居合わせたデュークさんと意気投合して食事をする約束をしたのだ。
それなのに……よりにもよってデュークさんとの食事の約束で……。
溜息と同時に支度が完了し、扉をゆっくりと開いた。
向かいの壁に背をつけた彼は私が出てきたのを確認するとよっと手を上げた。
今日も格好いいなぁ…。
「お待たせしてごめんなさい!フェスタが始まってるっていう事は約束の時間、だいぶ過ぎてますよね……。お詫びに何でもします……っ」
「お詫び、ねぇ……じゃあこれで許すぜ」
私の右手が彼の大きな手で包み込まれ、きゅっと優しく握られる。
心の準備が間に合わずおろおろと包まれた手と彼の顔とを見ていると彼は吹き出して笑った。
「転ぶといけないからな!……ほーら、行くぞ!!」
にかっと子どものように笑う彼におろおろとしていた気持ちはどこかへと飛んでいった。
この城に来る前から十四小隊の彼らとは何かと行く先々で出会うことがあった。
私が行動を共にさせてもらっている十二小隊に強い対抗意識を燃やす彼は、何かとゲドさんに食ってかかる様子をよく見せていたので初めは少し怖かった。
しかし、対立されていたとはいえ、会う先々で彼の持つ優しさに幾度となく助けられてきた。
だからこそ両小隊が城内で過ごすようになってからもこうやって話せるようになったのだ。
「ああ、もう……!また子ども扱いするー!!」
「ははは、んなことねぇって!さ、カレーだカレー!!」
ひとまわりくらい年齢が離れているとは思えないほどのはしゃぎぶりだ。
だからこそこんなにも居心地がいいのだろうか。
ぶんぶんと尻尾を振るのが見えるような気がするほど嬉しそうな彼に私も目を細めた。
「わぁ、いつも以上に賑わってますね!」
壁新聞の宣伝効果なのか、それともこの漂う美味しそうな匂いに惹かれたのか、レストランは客で溢れかえっていた。
いつもよりもテーブルと椅子が多く設置されていたり、簡易的な席として敷物が何枚か出されているようだったが、
それでも間に合わずにその辺りに座り込んで食事を楽しむ人がたくさんいた。
このレストランで見たことのない、おそらくフェスタのカレーを食べる人々の楽しそうな笑い声と美味しそうな顔。
「これは絶対に当たりですね」
「これは絶対に当たりだな」
同時に放った言葉に気が合いますねと笑い合い、カレーフェスタのメニューが書かれた立て看板を見る。
極上生クリームとはちみつたっぷり超激甘カレー。
ハルモニア原産最高級スパイスの中辛カレー。
辛味と旨味の限界突破火炎風味超激辛カレー。
「ネーミングが極端でもうすごいですね……。何ですか火炎風味って……」
「ま、わかりやすくていいじゃねーか。は……ハルモニアの中辛カレーか?」
「はい!安心安全、名前的にも絶対いけます!まさかと思いますけどデュークさんは……」
「おう!火炎風味カレーだ!!」
……ですよねー。
当たり前じゃないかと楽しそうに笑うデュークさんに私が苦笑いを浮かべると、
彼は私の手を離してその大きな手でわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。その辺で待ってろ」
注文窓口までの列を見つけた彼はその列を追う。
離された手がなんだか寂しくて私も彼の背を追って列へと一緒に並ぶ。
「注文も料理も俺に任せてそこら辺に座って待ってていいんだぞ?」
足が疲れちまうぞと困ったように微笑む彼の手を今度は私が捉えた。
ぴくりと彼の表情が少し驚いたようになるのが見えたが、きゅっと強く握り締めると消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「デュークさんと一緒にいたいです」
一瞬だけ目を丸くした彼だが、すぐに「…おう」と微笑んでぎゅっと手を握り返してくれた。
繋いだ手のあたたかさが寂しさを消し去っていくのを感じて私は自身の中にある気持ちを再確認した。
……もう、本当に好き。
十二小隊や十四小隊の人たちががさつだからやめておいたほうがいいって口を揃えて言っていたけれども。
……デュークさんにとってはだいぶ歳が離れているから妹みたいな感じなんだろうけども……年齢、かぁ。
あたたかさを感じながら彼を見れば、どうしたと彼は空いているもう片手でくしゃりと私の頭を撫で回した。
……伝えることによってこの関係が壊れてしまうのはもっと嫌だなぁ。
「なーんでもないです!……それよりもトッピングの追加もできるみたいですよ!辛さ対策にゆで卵とかどうですか?」
「ゆで卵か!必要な時まで皿に待機させておけばもとの味も堪能できるからいいかもな!そうだ、飲み物は……」
トッピングや飲み物の注文はどうしようかという話から気付けばカレーマニアによるカレートークへと切り替わっていく。
野菜から肉の品質、ルゥへのこだわりに香辛料について。
なんだかバーツの野菜語りやゴロウの風呂語りのようで、そう思うと自然に笑みが零れてきた。
目を輝かせながら話すこの姿は失礼だがとても可愛く思えた。
話に花を咲かせるうちに注文窓口までの距離はどんどん短くなっていた。
「やーっとお目にかかれたぜ!!!」
注文窓口で注文してしばらくすると黄金色のカレーと真っ赤なカレーが私たちの目の前に運ばれ、トレーごと手渡された。
トレーを受け取った私たちは空いている席が無かったため適当な場所に座って食べることにし、
人気のあまりない場所で腰を下ろしてからそれぞれカレーの盛られた皿を手に取った。
「「いただきます」」
二人揃って行儀よく挨拶をすると、それぞれのカレーへとスプーンを差し入れる。
きらきらと輝くような黄金色のカレーから漂うこの香辛料とカレー独特の匂いが食べる前から美味しさを物語っているかのようだった。
一口掬い取ると待ち望んだ口の中へと迎え入れた。
「………!!!」
思わず目を閉じてしまうほどの美味しさが口いっぱいに広がって自然と笑みが零れてしまう。
うっとりと感動に浸りながらもう一口と口に感動を運び込んでいると、目の前の彼もまた満足そうな表情を浮かべていた。
「さすが火炎風味なだけあって結構辛いが……美味い!間違いなくこれはやみつきになるだろうな!」
見た目だけでも異常な辛さがわかりそうなほど真っ赤なカレーをガツガツと食べ進めていくデュークさんの表情が本当に美味しそうで、
ほんの少しだけだが好奇心が芽生えた私はじいっと彼を見つめた。
「デュークさんのカレーってどんな味がするんですか?」
「そうだな……とにかく辛い!あと舌が痛い!だがそれ以上の旨味がこの試練を乗り越えた後に待っている……そんな感じだ!……少し食べてみるか?」
言葉で表すのは難しいらしく、デュークさんは自分の食べているカレーを私に差し出した。
本当に痛いから少しだけにしとけよという言葉も添えて。
「わぁ!ありがとうございます!……じゃあ、私のもどうぞ」
お互いスプーンだけ引き抜いたカレー皿を交換すると、自分の目の前に来たその色と匂いに圧倒された。
……目の前にすると想像以上にすっごい危険な気がする。
ツンと鼻を掠める刺激的な香りに私は辛さ対策用に注文しておいたヨーグルトジュースをすぐ近くに忍ばせた。
「い、いただきます……」
少量だけスプーンで掬い取ると意を決して口の中へと運ぶ。
中辛はやっぱり甘いがこれもとてつもなく美味いというデュークさんの声が最後に聞こえたような気がした。
「…………っ!!!!!」
……何これ、すごくというか……とんでもなく痛い!!!
辛すぎて痛い!!!旨味、旨味はまだ!?
ちょっと待って、デュークさんこんなの平気で食べてたの!?
辛味と旨味の限界突破火炎風味超激辛カレーは一瞬にして脳内が忙しなくパニック状態に陥るほどの代物。
たった一口で好奇心を抱いた味の答えが出た。
「お、おいっ!大丈夫か…っ!?」
慌てたデュークさんの声が聞こえるが今はそれどころではない。
そうだったと、近くに置いておいたヨーグルトジュースの存在を思い出して手を伸ばそうとしたが痛さのあまりうまく掴めない。
「大丈夫じゃねぇよな……っ」
見かねたデュークさんがジュースの入った容器を取るのが見えたかと思えば私はぐいっと彼の腕に抱かれて引き寄せられた。
………え?
忙しなかった脳内は一瞬で停止した。
合わさった唇から甘酸っぱくてまろやかな味が流れ込んでくるのを感じると、飲み込まなきゃと目を閉じて本能のままに必死に喉を鳴らした。
「……辛いのは取れたか?」
「……まだちょっと……舌が、痛いです……」
途切れ途切れにそう言うと彼は再びヨーグルトジュースを口に含んで顔を寄せた。
さきほどの混乱時よりかは鮮明に彼の顔が目に映り、恥ずかしくなって目を閉じると今度は合わさった唇からぬるりと生暖かいものが差し込まれ舌を撫でた。
驚いて目を開けると、目を閉じたデュークさんの顔が心配そうに歪んでいるのが視界いっぱいに広がり、私は再びゆっくりと目を閉じた。
しばらくすると彼の唇が離れるのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。
「……悪い。辛さを忘れさせようと思ったんだが、咄嗟だったとはいえ……悪かった」
「……ううん、助けてくれてありがとうございました。……それに嬉しかったですから大丈夫です」
「………!!!」
「……あ!」
しゅんとする彼の表情に思わず余計なことまで口走ってしまったがもう後の祭りであると彼の表情を見て私は諦めて俯いた。
まあ、いい思い出ももらえたから……関係が壊れてしまったとしても……嫌だなぁ。
でも…言ってしまったものはしょうがな……。
「」
デュークさんの両手が私の頬を包み込む。そして視線を合わせるようにくいっと上を向かされた。
交わる視線にどくりと心臓は大きく脈を打った。
「お前の気持ちを考えて謝りはしたが、俺は今の行動に後悔はしてないからな」
「……え?」
「歳が離れてるって理由でずっと怖じ気づいてたが、一人の女として俺はお前が好きだ。……まさかこんなところで言うことになるとは思わなかったがな」
彼はにかっと笑うと「……は?」と穏やかな眼差しで私を見つめた。
もう既に答えの一端を言ってしまったのだ。彼の気持ちも聞くことができたのだ。
叶ってしまった願いに私の目からは涙が零れ落ちた。
「私も一人の男性としてデュークさんが好きです」
ずっとずっと好きでしたと溜め込んでいた想いを告げると大好きな彼の腕に私の体は包み込まれた。
「俺もここに来る前からずっとお前のことが好きだった。……もう離さないから覚悟しろよ」
「はい!」
「………っ。、目ぇ閉じてくれ。……もう一回したい」
恥ずかしそうにそう言う彼に私も頬を赤らめて静かに目を閉じた。
翌日。
どこから見ていたのだろうか、壁新聞の一面記事には『デューク、への熱い告白!』という題名が掲げられた記事が書かれていた。
その効果により十二小隊と十四小隊はいつも以上に賑やかさを増し、
その中でも特にジャックが過保護になり、デュークがに近寄ろうするたびに彼を牽制するようになったとか。
<あとがき>
城に十四小隊がやってくる前から両片思い状態の二人。
ちなみにカレーは半分口実。一緒に非番を過ごしたかったんですね。
