戦いは終わった。
世界を闇と殺戮に染め上げた竜は聖王と彼の半身によってその身に終止符を打たれた。
戦い抜いた仲間たちが望んだ平和な未来がこれから訪れようとしていた。
今はひとときの…
みんなが騒いでいる。
あれだけ上がっていた喜びの歓声も、徐々にその騒ぎが伝わったのか辺りは悲しみや焦るような声が飛び交い始めてきた。
その騒ぎの中心ではクロムさんや母さんをはじめとするこの軍の特に要の人たちが必死に呼びかけ、
絶対に離さないと彼らの声を受けているその人を抱き締めていた。
「嫌!嫌だよ、さん!!!」
「抗うことはできないのか!?駄目だ!行くな…っ!行かないでくれ!!!」
その人は異世界からやってきた。
俺たちとは違い、時を越えてきたというわけではなくて、この世界ではない別の異なる世界から精霊に呼ばれてやってきたのだという。
自分の在るべき未来に引き寄せられて今までに何度も出会いと別れを繰り返してきたのだと悲しそうな目で話していたのを思い出して、俺はぐっと唇を噛み締めた。
「……ウードっ!!!さんがっ…さんが消えちゃうよっ!!!」
「あ、アンタ…何呆然としてんのよ!……ほらっ、アタシたちも行くわよっ!!!」
涙目になっているアズールとセレナをはじめとした俺の気持ちを知っている仲間たちが駆け寄ってくると、
力無く立ち尽くしてその光景を見つめていただけの俺の体を強引に動かした。
さんの近くまで来ると、彼女の体がもうすぐ消えるというほどのところまで消えかかっているのが見えて俺は閉ざしていた口を動かした。
「さんっ!!!」
ようやく喉の奥でつっかえていた声が彼女を呼んだ。
このざわめきの中、俺の声は聞こえたのだろうか……?
さんから俺の立っている場所までは少し距離があった。
けれど、仲間たちの隙間を縫って俺に視線が当たってどくりと俺の心臓は大きく脈を打った。
途端に目の奥が熱くなり、もう一度と彼女の名を呼ぼうと口を開こうとした瞬間、彼女はふわりと俺に微笑んだ。
そして……。
「…どう、して……っ」
彼女はこの世界から消えた。
周りの悲しむ声がずっと遠くで聞こえるようで、俺は心に穴が開いてしまったかのように頭の中が真っ白になった。
崩れ落ちた体はただこれが夢ではないのだと震えていた。
「……ウード。……大丈夫ですか?」
「ル、キナ……」
ぼやけた視界に心配そうに覗きこむ従姉の顔が見え、俺は涙を乱暴に拭った。
大丈夫だと答えようとすると、俺の体は彼女に勢いよく抱き締められた。
「……無理をしなくてもいいです。……わかっていますから」
「………ルキナっ!……俺、…結局っ……何も、言えなかった……っ」
この世界に渡ってきて、俺が密かな想いを抱いた大切な人。
伝える勇気の無さと俺自身がいずれこの世界から去るということに怯え、何ひとつ……この想いを言葉にすることができなかった。
溜め込んでいた想いが頭の中に広がり、涙は唯一素直に流れ落ちていった。
「……ウード。さんは大事な人だった……のですか?」
すっとルキナが身を離し、俺の両肩を掴みながらそう訊ねた。
彼女の顔はどこか寂しそうな表情をしていた。
……だった?
存在が無くなったとわかっていてもこの想いはそう簡単に断ち切ることなどできるわけがない。
「……俺の想いは今もなお、だ」
俺が首を横に振りそう言うと、ルキナはほっとしたような柔らかな笑みを浮かべた。
「……よかった。以前、さんの渡った世界の話を彼女から聞いたことがあります」
「え……」
「さんから聞く限り、彼女が召喚された世界はいずれもこの世界のどこかの時代みたいですよ」
ルキナの言葉に俺はどこかに行きかけていた心が戻ってきたようだった。
再び目頭が熱くなり、じわりとした目を手の平で覆う。
「……また、会えるかな?」
「あなたがさんを想う気持ちを持ち続ければ、……いつかきっと会えますよ」
ルキナの言葉だけで今は十分だった。
いつかが本当に来るかなんてわからないが、俺は彼女が消えてもなお残り続けるこの想いを捨てることなどできないのだと確信したのだから。
わずかな希望だけでこんなにも俺の心は穏やかになるのだから。
「……ありがとう、ルキナ。……よし!俺たちは、次の目的のために行かないとなっ!!」
「……はい。……次の世界が私たちの世界なのかそれとも別の世界なのか。どこになるのかはわかりませんが進みましょう!」
「俺たちの世界のための目的を成すためと……俺の大事な人に今度こそこの気持ちを伝えるために。……俺はどこにでも行くよ」
最後に拭った涙。
もう俺の目の雫は流れ落ちるのをやめた。
「この世界ともみんなとも別れたくないけど、俺、行かなきゃ…!!!」
さん…。
今はひとときの別れであると確信しています。
だから、いつかどこかで会えたその時は。
今度こそ、あなたに……。
<あとがき>
ギムレー封印直後の主人公消失時のお話。
純粋で芯の強い彼はその日まできっと思い続けるのでしょう。
