またひとつ別れが増えた。
あの世界から消えた私はまたいつものように次の世界へと誘われる。
幾度となく繰り返した出会いと別れに私は思う。
本当に私の未来はこの行く先々の果てにあるのだろうか……と。
はじまりを紡ぐあたたかさ
光を感じ、浮遊感の中でずっと閉じていた目をそっと開ける。
目の前には広大な平野が広がっていた。
……うん。今回も見たことがない場所だ。
自分が過去に関わってきた世界や時代であったのならどれだけ嬉しかっただろう。
この孤独感は何度経験したって慣れないんだから……。
時刻は日の高さから見てだいたい昼から夕方のちょうど間くらい……かな?
だだっ広い平野にぽつんと立ち尽くしたままの私は空を見上げて息を吐いた。
「………?」
何やら焦げたような匂いが風に運ばれてくる。
すんすんと嗅いでみるとその匂いを私はとてもよく知っていて思わず顔をしかめた。
……戦だ。
辺りをよく見回してみれば、少し距離はあるがところどころで煙が上がっているのが見えた。
そしてしばらくすると掛け声や悲鳴のような声も私の耳に届くようになってきた。
無数の馬の駆ける音に武器がぶつかり合う音が響き渡り、この辺り一帯で戦争が起きていることが着いたばかりの私の頭でもすぐに理解できた。
しかし、この見渡しのよい平野に身を潜められる場所などなく、右往左往としているうちに私のもとにも幾人かの兵がやってきて瞬く間に取り囲まれてしまった。
「こんなところに一人か?……まぁ、悪く思うなよ?」
おそらく戦争相手の軍の者だと思われたのだろう。
躊躇することもなくその手に握られた剣が私に向かって振り下ろされる。
なんとか飛び退いて交わすと、私は前の世界から持ってきた魔道書を取り出そうと肩から提げた鞄に手を伸ばす。
「させるかよ!!お前はそっちからやれ!!!」
「はい!!任せてください!!!」
……二人、三人、四人っ。一人相手に多すぎない!?
増えていく私を狙う相手の数に避けることに集中するしかなく、手に取りたかったそれを一旦諦めざるを得なかった。
必死に軍の者ではないと訴えてもみるが聞く耳持たずのままの相手に焦りよりも苛立ちを覚え始めてきた。
「……ちょっと待ってって言ってるじゃん!!!……うわっ!?」
なんとか攻撃を避け続けていたがとうとう足がもつれ、私は後ろにバランスを崩してしまい、そのまま私は地に尻餅をついた。
「……いったぁ」
「ははは、無様だなぁ。……悪く思うなよ?」
気味の悪い笑みを浮かべた兵がじりじりと歩み寄り、私の前に立つ。
これで最後だと天高く手にした剣を掲げ、勢いよく私に振り下ろした。
「………っ」
まだこの世界に着いたばかりなのに……。
もしかして、これが私の未来なの……っ?……ねぇ?
振り下ろされる剣を最後に私は襲いくるであろう衝撃に目を閉じた。
瞬間、大きな衝撃音と悲鳴が上がった。
「おい、大丈夫かっ!?」
必死な声が耳に飛び込み、私ははっと目を開けた。
恐ろしくてきょろきょろと辺りを見回せば、剣を振り下ろしていた兵も、私を取り囲んでいた兵も少し離れた先で倒れている。
何が起こったのかわからなかったこととさきほど受けた恐怖も相まって私は放心状態で散らばる彼らをただじっと見つめていた。
「……間に合ったみたいだな!……大丈夫ですか?」
慌てたような足音と優しそうな男の声が私の背に掛かる。
ぼうっと声のほうへと顔を向けると、私に合せるようにしゃがみ込んだ短髪の男が驚いた表情で私を見ていた。
「あ、あなたは…っ!!!」
「……え?……ん?……あっ!?」
男の顔を見た私も彼と同様の表情で驚いては言葉にならない声を上げる口を片手で抑えた。
髪色は違うが、その顔つきや姿には見覚えがあった。
いや、ありすぎた。
この世界がどこなのかわからずとも、その人であることに間違いないのだと次に彼が発する言葉で私は目を見開いた。
「この俺が見間違えるわけがないっ!……さんですかっ!?」
そうであってくれというように泣きそうな顔で彼が訊ねてくる。
自己紹介なんてしていない。
そして、私だってついさっき別れたばかりなのだからそれこそ忘れるはずがない。
「……ウード?」
「………っ!はいっ!!!」
恐る恐る名前を呼ぶと、今にも涙が零れ落ちそうな表情の彼にがばりと力強く抱き締められた。
「どこに行ってたんですかっ!俺、…ああっ!言いたいことがたくさんあったはずなのにっ!……っ!!!」
「……うん、ウード」
「……さん…っ、また、会えた…っ!……会えたよ…っ」
じわりじわりと私の肩が濡れていく。
密着した体からウードの想いが伝わってくるようで、その背に私も腕を回してぽんぽんとあやすように撫でた。
「会いたかったです…っ、すごく…っ!!!」
「……私もまた会えて嬉しいよ、ウード」
助けてくれてありがとうと微笑むと、彼はまた大粒の涙を溢れさせてもう離さないといわんばかりにぎゅうっと抱き締め直した。
「……すみません。俺、嬉しくて……」
しばらくして落ち着いてきたのかゆっくりとウードの体が離れた。
照れたようにぽりぽりと頬を掻いたウードは私を見つめてはにかんだ。
「お久しぶりです、さん。今度はこの世界、この時代を紡ぐのですね……」
「……そうみたい。私の未来っていうのは一体どこにあるんだろうね。……でも、またウードに会えるなんてすごく嬉しいよ!」
「………!!俺も、本当に嬉しいです!どれだけこの日を待ちわびたか…っ!」
「わわっ、泣かないで!?」
「……すいませんっ。でも、本当に俺…っ!」
ごしごしと涙を拭おうとするウードの手を取り、代わりに自分の服の袖でぽんぽんと彼の涙を拭うと、彼は照れたようにふにゃっと笑った。
そして彼は私がさきほどまでいた世界から今いるこの世界までの経緯について話してくれた。
前の世界で私が消えた後、彼は決意を同じくした仲間たちと再び時空を渡ったのだそうだ。
そして彼はこの世界に降り立ち、今はオーディンと名乗り暗夜王国の王子の臣下としてこの時代を生きているのだという。
「王子が王子の臣下…」
「ははは、この世界では俺だってただの異端者ですからねー」
「ふふ…。でも、ウードが元気そうでよかった!」
「俺もさんが元気そうでよかったです!」
満面の笑みでウードはそう言うと、そうだと思い出したように呟く。
「実はアズールとセレナも俺と一緒にこの世界に来てるんですよ!」
「……え!?本当に!?」
見知らぬ世界で顔見知りに会えることなどそうそう無い。
自分を知っている者がいるというだけで心強く、安堵できる。
早く会いたいなと微笑めば、彼がぽんと私の肩に両手を置いてさきほどとは打って変わって真剣な眼差しで私を見つめた。
「今度こそ……俺は誰にも、何にもあなたを譲る気はありませんから」
「……え?」
「む!敵の気配!!さん、俺の後ろにいてください!!!」
ウードの視線の先には新たな兵。
彼のその目つきからウードの所属する軍と敵対する兵であるのだということがわかった。
「事情はとりあえず把握した!大丈夫、まずは一緒にこの場を乗り切ろう!!」
今度こそはと鞄に収めていた魔道書を取りだして胸の前へと構え、私は書に宿る風の精霊に祈りを込めて詠唱を始めた。
光り出す魔道書にこの世界でもこの魔法は使えるのだということに安堵し、さらに詠唱を進めていく。
瞬く間に風が吹き荒れ、その力が私の持つ魔道書へと集中するのを感じて私はウードに合図した。
「ウード!いくよ!!!」
掛け声とともにその力を解放すると瞬く間に目の前の兵は吹き飛んでいった。
ひゅうっとウードが口笛を鳴らしながらきらきらとした顔を向け、嬉しそうににっと笑った。
「変わってなくて安心しました!」
「ふふ、私はさっき消えてさっき着いたばかりだからね」
時空を越えた時に生じた差なのだろう。
衰えてたら困るって、と悪戯そうに笑えば、ウードも困ったように笑った。
「そうでしたね!……それでこそ俺のさんです!!!」
そう言うとウードは右手を前へと伸ばした。彼の胸の前には左手に持たれた雷の魔道書。
剣ではなく、いつの間に魔法が使えるようになっていた彼に私は目を丸くした。
「さん、一緒に……!!!」
「もちろん!!!」
私を包む風の精霊の力を手に取ると、私も思いきり腕を掲げた。
私の風の魔法と彼の雷の魔法が絡み合いながら向かってくる敵陣へと放たれる。
激しい閃光が飛び散り、砂埃を舞い上げた。
「……ふっ、これが漆黒の騎士の力だ」
「……ふふふ」
とどめの魔法が放たれると辺りが静まり返り、その中にびしりとポーズを決めたウードの声に私は思わず吹き出して笑ってしまった。
「え!?なんで笑うんですか!?」
「いや、本当の本当にウードだなぁって思ったら安心しちゃって……ふふっ」
「本当の本当に俺ですよ!」
ごめんごめんと出てきた涙を指で拭うと彼はもうっと頬を掻いた。
そうしているうちに人が近付いてくる気配を感じて私とウードは揃って感じた方角へと体を向けた。
確認したウードが「あっ」と小さく声を上げて私に振り返る。
「さん、大丈夫です。紹介しますよ。今の、俺の仲間です!」
ふわりと笑ったウードは私の背を新しい世界の在るべき場所へと押した。
何者だと戸惑うような新しい世界の新しい仲間たちの視線にたじろぐが、隣に並んだ彼は大丈夫と微笑んで彼らに向き直った。
「レオン様、カムイ様。この方はさんといい俺の大切な人です。突然ですみませんが、ともに連れていってもよろしいでしょうか?」
背中にあてがわれたウードの手の平から伝わる彼の体温が溢れる不安を溶かしていく。
カムイ、レオンと呼ばれた人や周りに立ち並ぶ仲間たちはきょとんとした表情で私とウードを見ている。
独り誘われるままのこの身でも、今はこのあたたかさが私の道を照らしてくれる勇気になる。
だから、きっと大丈夫。
「はじめまして。私は、異世界から来た魔道士です」
さあ、この世界での私の未来の始まりだ。
<あとがき>
覚醒の世界からifの世界にやってきた主人公と再会したオーディンのお話。
今はひとときの…→柔らかな時間に距離を得た日の続編です。
